当時わたしは中学三年生でした。
邦楽にも少しも詳しくなかったし、これと言って好きな歌手もいませんでした。
そんなわたしが何気なく『卒業TIME』という歌に出会いました。
理由はただ、『ヤンキー母校に帰る』の徹平くんがインディーズデビューする、と聞いたから。
ウエンツくん…名前は知っていましたが、徹平くんと一緒に音楽をやっているなんて知りませんでした。
そんな異色のふたりが歌を歌うなんてどうしても考えられず、
怖いもの見たさの好奇心のようなものに苛まれながら、この曲を耳にした事を覚えています。
初めてこの曲を聴いたあと、わたしは自分が泣いていることに驚きました。
はじめはただの卒業ソングとしか思いませんでした。
住み慣れた、通い慣れた故郷に想いを残して
それぞれの道に進んでゆく友の歌。
それが何故か、間奏に入ったところでそのメロディーにぐっときてしまったんです。
うまく言葉に出来ませんが、
これから迎える卒業式の情景、友人との別れの時を想い描いてしまいました。
中学の卒業式なんて高校に比べたら浅はかなものですが、
やっぱり小学校から一緒だった同級生がばらばらになってしまうのが、どこか寂しかったのでしょう。
曲調が変化した間奏のメロディーがとても切なく、胸に響いたんです。
その後のふたりの掛け合い、「誰も見たことない」から「一人じゃないから」までの流れがとても綺麗で、またしても胸が熱くなってしまいました。
そして最後の「ラララ…」のメロディーは何となく悲しく、耳に残りました。
一回聴いただけなのに、未熟ながらも感動してしまったんです。
この歌を忘れることが出来ず、わたしはCDショップに走りました。
しかしインディーズゆえ、ど田舎の地元には置いてなく、当時はインターネットショッピングも出来なかったので、結局買えずじまい。
いつしか廃盤となってしまい、すきだったあの歌はもう聴けないと思っていました。
しかし今、こうしてまた『卒業TIME』を聴くことができるようになったのは、
他でもない、彼らの努力のお陰です。
思えばあの時、初めて歌を聴いて涙したときから、わたしは『WaT』のファンだったのかも知れません。
当時はこんなこと言えませんでしたが、丸4年経った今、心の底から言えることは
「ありがとう。」
その一言だけです。
***
これからの彼らの更なる飛躍、そして何より健康とご多幸を祈願して
2008年2月18日
邦楽にも少しも詳しくなかったし、これと言って好きな歌手もいませんでした。
そんなわたしが何気なく『卒業TIME』という歌に出会いました。
理由はただ、『ヤンキー母校に帰る』の徹平くんがインディーズデビューする、と聞いたから。
ウエンツくん…名前は知っていましたが、徹平くんと一緒に音楽をやっているなんて知りませんでした。
そんな異色のふたりが歌を歌うなんてどうしても考えられず、
怖いもの見たさの好奇心のようなものに苛まれながら、この曲を耳にした事を覚えています。
初めてこの曲を聴いたあと、わたしは自分が泣いていることに驚きました。
はじめはただの卒業ソングとしか思いませんでした。
住み慣れた、通い慣れた故郷に想いを残して
それぞれの道に進んでゆく友の歌。
それが何故か、間奏に入ったところでそのメロディーにぐっときてしまったんです。
うまく言葉に出来ませんが、
これから迎える卒業式の情景、友人との別れの時を想い描いてしまいました。
中学の卒業式なんて高校に比べたら浅はかなものですが、
やっぱり小学校から一緒だった同級生がばらばらになってしまうのが、どこか寂しかったのでしょう。
曲調が変化した間奏のメロディーがとても切なく、胸に響いたんです。
その後のふたりの掛け合い、「誰も見たことない」から「一人じゃないから」までの流れがとても綺麗で、またしても胸が熱くなってしまいました。
そして最後の「ラララ…」のメロディーは何となく悲しく、耳に残りました。
一回聴いただけなのに、未熟ながらも感動してしまったんです。
この歌を忘れることが出来ず、わたしはCDショップに走りました。
しかしインディーズゆえ、ど田舎の地元には置いてなく、当時はインターネットショッピングも出来なかったので、結局買えずじまい。
いつしか廃盤となってしまい、すきだったあの歌はもう聴けないと思っていました。
しかし今、こうしてまた『卒業TIME』を聴くことができるようになったのは、
他でもない、彼らの努力のお陰です。
思えばあの時、初めて歌を聴いて涙したときから、わたしは『WaT』のファンだったのかも知れません。
当時はこんなこと言えませんでしたが、丸4年経った今、心の底から言えることは
「ありがとう。」
その一言だけです。
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これからの彼らの更なる飛躍、そして何より健康とご多幸を祈願して
2008年2月18日
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丸4年。